抗がん剤ドキソルビシンによる心毒性に対する効果的な予防法を開発
発表のポイント
- アントラサイクリン系抗がん剤であるドキソルビシンは、多くのがん治療に用いられていますが、その効果の反面、心毒性という重大な副作用のため、最適な抗がん剤治療の継続を困難にさせています。
- ドキソルビシンが2型リアノジン受容体(RyR2)に直接結合し、四量体構造を不安定化させることでカルシウムイオン(Ca??)の漏出が起こり、これが小胞体ストレスとフェロトーシスの誘導を介して、心毒性を引き起こすことをマウスで証明しました。
- この心毒性はダントロレンによる薬理学的介入またはRyR2受容体とカルモジュリンの結合を強化するRyR2 V3599K変異による遺伝学的介入により抑制されることを示しました。
- ダントロレン投与は短期間のみで十分に心保護効果を発揮することから、本研究の成果は、ドキソルビシンの心毒性を回避しながら治療を継続できる新たな治療戦略となることが期待されます。
図説:本研究では、ダントロレンが2型リアノジン受容体(RyR2)へのカルモジュリンの結合親和性を高め、四量体構造を安定化させることによって、RyR2からのカルシウムイオン(Ca??)の漏出を防ぎ、酸化ストレスと小胞体ストレスを抑制することでドキソルビシンによる心毒性を予防することを明らかにした。さらに遺伝的RyR2の安定化でも同様の効果があることから、ダントロレンの心保護効果がオフターゲット効果ではなく、確かにRyR2の安定化によるものであることを証明した。
研究概要
中国体彩网,中国体育彩票app大学院医学系研究科器官病態内科学講座の中村吉秀助教、佐野元昭教授、矢野雅文中国体彩网,中国体育彩票app名誉教授、大学院医学系研究科病態検査学講座の山本健教授、医学部高齢者心不全治療学講座の小林茂樹教授らの研究グループは、抗がん剤ドキソルビシン注1)による心毒性を短期間のダントロレン注2)投与により予防できることを発見しました。
ドキソルビシンを含むアントラサイクリン系抗がん剤は、多くのがんに対する治療に用いられていますが、その効果の反面、心毒性という重大な副作用があります。心毒性に対する有効な予防法は存在しないため、アントラサイクリン系抗がん剤の総投与量は厳密に制限されており、最適な抗がん剤治療の継続を困難にさせています。
本研究では、ドキソルビシンが2型リアノジン受容体(RyR2)注3)に直接結合し、四量体構造を不安定化させることでカルシウムイオン(Ca??)の漏出がおこり、これが小胞体ストレス注4)とフェロトーシス注5)の誘導を介して心毒性?心機能低下を引き起こすことを、マウスによる実験にて証明しました。
これらはダントロレンを投与する薬理学的介入またはRyR2に1アミノ酸変異を導入する遺伝学的介入により、RyR2へのカルモジュリン注6)結合親和性を増強させて四量体構造を安定化させることを介して抑制され、またこの心毒性抑制効果はドキソルビシン投与後の短期間のみのダントロレン併用で十分に効果を発揮しました。このことから、ドキソルビシンによる心毒性の機序はドキソルビシン投与後早期のRyR2受容体の不安定化による小胞体からのCa??漏出が大きく関係していると考えられました。
ダントロレンは既に臨床現場で悪性高熱症の特効薬として使用されている薬剤であることから、ドラッグリポジショニングによって、ドキソルビシンによる心毒性の予防薬として臨床応用されることが期待されます。
本研究成果は、2024年12月10日19時(UTC)、JACC:CardioOncologyに掲載されました。
謝 辞
本研究は、公益財団法人UBE学術振興財団、公益財団法人新日本先進医療研究財団、および科学研究費助成事業(課題番号: 23H02906, 24K19034)による資金提供を受けて実施されました。
書誌情報
- タイトル:Concomitant Administration of Dantrolene is Sufficient to Protect Against Doxorubicin-Induced Cardiomyopathy
(ダントロレンの併用はドキソルビシン心筋症の予防に十分である) - 著者:Yoshihide Nakamura, Takeshi Yamamoto, Shigeki Kobayashi, Takeshi Suetomi,Hitoshi Uchinoumi, Tetsuro Oda, Motoaki Sano, Masafumi Yano
(中村 吉秀、山本 健、小林 茂樹、末冨 建、内海 仁志、小田 哲郎、佐野 元昭、矢野 雅文) - 掲載誌:JACC:CardioOncology
- 掲載日:2024年12月10日19時(UTC)
- DOI:10.1016/j.jaccao.2024.10.011
用語解説
注1)ドキソルビシン(DOX)
抗がん剤の一種で、アントラサイクリン系薬剤に分類されます。強力な抗腫瘍効果を持ち、さまざまながん治療に広く使用されていますが、心毒性が問題となることがあります。
注2) ダントロレン
筋弛緩薬の一種で、リアノジン受容体の安定化剤としても使用されます。臨床では主に悪性高熱症の治療に使用されていますが、心筋保護作用があることも報告されています。
注3)2型リアノジン受容体(RyR2)
心筋細胞内のカルシウム放出チャネルであり、カルシウムの調節を通じて心筋の収縮を制御します。不安定化するとカルシウムの漏れが生じ、心機能障害を引き起こすことがあります。
注4)小胞体ストレス
小胞体は、細胞内でタンパク質を作る場所ですが、何らかの原因でタンパク質の折りたたみがうまくいかなくなると「小胞体ストレス」が発生します。これが続くと細胞がダメージを受け、さまざまな疾患の原因になります。
注5)フェロトーシス
フェロトーシスは、鉄依存性の細胞死の一種です。これは通常の細胞死とは異なり、細胞膜の脂質が酸化することで引き起こされます。がん治療や心毒性などの研究で注目されています。
注6) カルモジュリン(CaM)
細胞内のCa??と結合して様々な生理的反応を引き起こす調節タンパク質です。特に、心筋細胞内ではリアノジン受容体に結合しチャネルを安定化させています。