COVID-19ワクチン接種後の液性免疫反応の個人差と相関するヒト側の要因
発表のポイント
- 同じ病原体に曝露してもヒト側の免疫反応は極めて多様です。例えば、ほとんどの人は新型コロナウイルスに感染しても無症状や感冒症状のみで治癒しますが、一部の人は重症化してしまいます。しかし、この免疫反応の多様性(個人差)を生むメカニズムは十分に解明されていません。
- 多くの既存研究は、加齢が免疫の老化の主要な要因であることを示しています。しかし、加齢以外の要因が免疫の老化と相関するか否かについては、これまでほとんど分かっていませんでした。
- 私たちは、ヒトが均一な抗原刺激を受ける貴重な機会を活用し、高齢者施設入居者や医療従事者を対象に、COVID-19ワクチン接種前後の液性免疫反応を約1年間にわたって縦断的に調査し、COVID-19ワクチン接種後の液性免疫反応の個人差と相関するヒト側の要因を探索しました。
- COVID-19ワクチン接種後の液性免疫反応には実に大きな個人差が認められました。
- ご高齢の方や体が弱った方、栄養状態が不良の方では、COVID-19ワクチン初回接種後の液性免疫反応が、若年健常者と比較して有意に低く、その後の減衰も速いことが示されました。
- 一方、ご高齢の方や体が弱った方、栄養状態が不良の方でも、ブースター接種により若年健常者と同等レベルまで液性免疫反応を向上させることができる可能性を示しました。
背景
ヒトは加齢とともに免疫機能が低下し、呼吸器感染症の発症率や重症化率が上昇することが知られています。例えば、加齢は新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)の最も重要な重症化リスク因子のひとつです。また、一般的な肺炎で亡くなる方の97%以上は65歳以上の高齢者です。日本だけでなく世界全体で高齢化が進むなか、高齢者における呼吸器感染症の予防戦略を構築することは極めて重要な課題です。
同じ病原体に曝露してもヒト側の免疫反応は極めて多様です。例えば、ほとんどの人は新型コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2: SARS-CoV-2)に感染しても無症状や感冒症状のみで治癒しますが、一部の人は重症化してしまいます。これはSARS-CoV-2に限ったことではなく、さまざまな病原体で同様の現象が観察されています。しかし、この免疫反応の多様性(個人差)を生むメカニズムは十分に解明されていません。
私たちは、免疫反応の多様性を生むメカニズムのひとつとして、免疫の老化に着目し、免疫老化の原因を探索する研究を行っています。
多くの既存研究は、加齢が免疫の老化の主要な要因であることを示しています。しかし、加齢以外の要因(例えば身体活動性や栄養状態など)が免疫の老化と相関するか否かについては、これまでほとんど分かっていませんでした。
この問題を解決するために、中国体彩网,中国体育彩票app医学部呼吸器?健康長寿学講座の角川智之教授(特命)らからなる研究グループは、ヒトが均一な抗原刺激を受ける貴重な機会を活用し、高齢者施設入居者や医療従事者を対象に、COVID-19ワクチン接種前後の免疫反応を約1年間にわたって縦断的に調査し、COVID-19ワクチン接種後の液性免疫反応の個人差と相関するヒト側の要因を探索しました。
方法
中国体彩网,中国体育彩票app医学部呼吸器?健康長寿学講座、医療法人和同会防府リハビリテーション病院、中国体彩网,中国体育彩票app医学部呼吸器?感染症内科学講座、国立病院機構山口宇部医療中国体彩网,中国体育彩票appからなる研究グループは、高齢者施設入居者64名、ADLが自立した外来患者29名、医療従事者21名の合計114名を対象に、COVID-19ワクチン接種前後の液性免疫反応の推移を約1年間にわたって縦断的に調査しました。COVID-19ワクチン初回接種(野生株由来ワクチンの1回目および2回目接種)前、初回接種の8週間後、12週間後、24週間後、48週間後に研究参加者の採血を行いました。液性免疫反応は、研究参加者血清における野生株、デルタ株(B.1.617.2)、オミクロン株(B.1.1.529, sublineage BA.1)に対する中和活性価、SARS-CoV-2スパイク蛋白質のreceptor-binding domainに対するIgG [IgG(S-RBD)] 抗体価を測定することにより評価しました。本研究は前向き縦断研究としてUMIN Clinical Trials Registryに登録されました。(試験ID:UMIN000043558)
人類のほとんどが免疫を獲得していない新規感染症に対する免疫反応を調査することは、免疫老化のメカニズムを解明するために有効な手段です。本研究は、SARS-CoV-2未感染者を対象として行われました。研究期間中にSARS-CoV-2に感染した参加者は、最終解析から除外されました。
結果
COVID-19ワクチン接種後の液性免疫反応には実に大きな多様性(個人差)が認められました。高齢者施設入居者では、初回接種後の野生株およびデルタ株に対する中和活性価およびIgG(S-RBD)抗体価が医療従事者や外来患者と比較して有意に低く、その後の減衰も速いことが示されました。重回帰分析で調べると、液性免疫反応はperformance status (PS)と負の相関を示し、血清アルブミン値とは正の相関を示し、いずれも年齢や基礎疾患数、性別よりも強い相関を示しました。本研究ではオミクロン株に対する中和活性価も測定しました。初回接種(野生株由来ワクチンの1回目および2回目接種)後では、本研究参加者のほとんど全ての人がオミクロン株に対する血清中の中和活性を獲得することができませんでした。
さらに本研究では、野生株由来ワクチンの3回目接種(1回目のブースター接種)後の液性免疫反応も検討しました。3回目接種(1回目のブースター接種)後には、高齢者施設入居者の野生株およびデルタ株に対する中和活性価およびIgG(S-RBD)抗体価は医療従事者や外来患者と比較して概ね同等レベルまで向上し、個人差も著明に縮小しました。そして、ブースター接種後の液性免疫反応は、PSや血清アルブミン値と相関が認められなくなりました。これは、「PS不良」や「低アルブミン血症」がある人でも、ブースター接種により、それがない方と同等レベルまで液性免疫反応を向上させることができたことを示しています。本研究では、野生株由来ワクチンの3回目接種(1回目のブースター接種)後のオミクロン株に対する中和活性価も測定しました。3回目接種(1回目のブースター接種)後には、研究参加者の約半数(46%)の人がオミクロン株に対する血清中の中和活性を獲得できました。
考察
多くの既存研究は、加齢が免疫の老化の主要な要因であることを示しています。しかし、本研究では加齢以上に「PS不良」や「低アルブミン血症」が液性免疫反応不良と強く相関していました。既報でも、フレイルがあるとインフルエンザワクチン、帯状疱疹ワクチン、肺炎球菌ワクチン接種後の免疫反応が不良であることが示されています(J Infect Dis. 2017;216(4):405–14, J Am Geriatr Soc. 2021;69(3):744–52, PLoS ONE. 2014;9(4): e94578)。また、身体非活動性(運動不足)はCOVID-19の重症化リスク因子であることも示されています(Br J Sports Med. 2022;56(10):568)。本研究結果や既報の結果は、身体非活動性(運動不足)や栄養状態不良は、加齢以上に免疫の老化を促進する可能性があることを示唆しています。
加齢それ自体は避けることができないことですが、個人の健康状態を維持することは、生活習慣の改善や様々な医学的介入によって達成されうるものです。本研究は、高齢者の呼吸器感染症予防のために私たちがなし得ることが、まだ数多く存在することを示唆しています。例えば、高齢者のPS 悪化の主要な原因であるフレイルやサルコペニアを予防するために、定期的な運動を促す介入を行ったり、低アルブミン血症の主要な原因である低栄養を改善するための栄養指導を行ったりすることは、免疫反応を向上させ、呼吸器感染症の発症や重症化を予防するために有用である可能性があります。
本研究結果は、ご高齢の方や体が弱った方、栄養状態が不良の方でも、ブースター接種により若年健常者と同等レベルまで液性免疫反応を向上させることができる可能性を示しました。高齢、PS不良、栄養状態不良の患者さんでは特にブースター接種の恩恵を受ける可能性が高いことが示唆されました。今後もCOVID-19ワクチンのブースター接種を繰り返す必要があるものと思われますが、本研究結果は、年齢やPS、栄養状態など、個々人の健康状態に応じて、それぞれ異なるブースター接種戦略が必要となる可能性を示唆しています。
本研究成果は、2023年8月17日に、国際学術誌「Immunity & Ageing」にオンライン掲載されました。
研究者情報
- 角川 智之
researchmap
https://researchmap.jp/7000001976
論文情報
- タイトル:Kinetics of COVID-19 mRNA primary and booster vaccine-associated neutralizing activity against SARS-CoV-2 variants of concern in long-term care facility residents: a prospective longitudinal study in Japan
- 著者:Kakugawa T, Doi K, Ohteru Y, Kakugawa H, Oishi K, Kakugawa M, Hirano T, Mimura Y, Matsunaga K
- 掲載誌:Immunity & Ageing
- 掲載日時:2023年8月17日
- DOI:10.1186/s12979-023-00368-2
お問い合せ先
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角川 智之
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